私が人生に不安を感じなくなった ならなくなった理由。

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いつからか、生きてきて不安を覚えることがなくりました。
ほんと30歳前半は不安のかたまりで、今のこの仕事がなくなったらどうしようとか、嫌われたらどうしようとか、そんな他人の采配で自分を不安にしている原因が中心でした。ほんま、それで世界がまわっているんじゃないかと思う。も~ダメダメですね。なんも一人じゃできないって思ってましたから。

 

そんな私がやってみたのが、これ。流の中で、自分に過度なストレスがかかり、動きそのものを阻害している意識を葬りさるための手法です。

 

割り切り極意

割り切れないこと、やりきれないこと色々ありますが、時間は有限です。一向に前に進めない状況に思考停止になっているよりは、ルート変更、回り道でもいいので前に進みましょう。そのためには、現状目の前の問題は割り切ってしまいます。

 

継続の極意

何事も続けていればカタチになります。目には見えるものではないですが、経験として、自分の形を少しずつ形成してくれています。私は13年やってようやく芽がでたものもがあったり、事業計画なんかは5年6年かけてなんとかなった事例もあります。この感じ方の場合、他人の表かは別に、自分の中での評価をしてあげるといいでしょう。他人がする評価は、しょせん他人が行うもの。ほっといても良ければ評価はあがります。

 

逃げの極意

危険なことから強迫観念だけで逃げられないなと感じた時、私は即撤退します。
そこでじっとしていても先に進むことがないから。

 

謝りの極意

悪いことをした場合、素直に謝る。これをきっちり出来ないと大変。色んなつながりが後に続きません。出来ていないと、関係性がなくなった後、縁すら切れてしまいます。

 

 

諦めの極意

そしてたどり着くのがこれ、諦めの極意です。どこらへんで諦めるの?というのはあるでしょうが、ここらはやって個人個人の経験で積み重ねないと、この辺りで諦めようというのは定められません。ただ、はっきりしているのが、体調を崩してからでは遅いので、そうなる前には諦めたいところです。そうはいっても、仕事である場合、壊れるまで手を挙げるなんてこと勇気をもってできないとなりがちです。
これ、すべて私が嫌でやらなかったことです。なぜかというと、やることへの恐怖、やったことの無い恐怖、やった先の自分への人格ひていへの他者からの恐怖。だいたいこんなもの。
どこかで、全てはいてしまわないといけなかったんですね。出来れば早い段階で、けど35まで来ちゃにてたんですね。余裕なしな35歳のおっさんですわ。

私は私を極めてやろうと思っています。

自分を最大限に生かして生きてやろうと思っているからです。

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