自分のなにかを後世に残したいっていう人いるけど、私は私の何も残らなくてもいいと考えています。

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自分のなにかを後世に残したいっていう人いるけど、私は何も残らなくてもいいと考えています。
そんなん面倒いし、鬱陶しいよ。
山根さんが以前はなしてくれたことがとても共感がもてます。

山根さんは自分にも一つぐらい後世に残せるようなことができると思い
種をえらんだとはなしました。
残すのは種であって、山根さんの名前をのこすことではありません。
この点について、本当にいいことだと私は共感したので、お手伝いを色々させてもらっています。

これがおれの名誉を残すためなんて言ってるひとだったら、ぜったい一緒にはできないし、多分魅力も感じなかったでしょう。
はちゃめちゃな山根学ですが、すごく共感するところあって、一緒に居ても面白い。

いっしょにいるだけで、わけもなくいいアイデアがわいてくる。
変態かと自分でも思うくらい。可笑しく、おかしい。

私も、何か自分を残そうとしていた。はっきりした何かあるわけでもないのに。見てくれのカッコよさの残すに遺すにとらわれていた。

自分のことは、今は残すより遺すより、残さない。綺麗さっぱりきえてなくなれ、分からないくらいになるまで粉々に。と考えるようになりました。

 

遺言の作法―死んでも生きる言葉を残すために

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