小屋暮らしのハルさん①

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聞こえるのは蝉の鳴き声と、砂利を踏みしめる足の音。

暑さで溢れた汗が目に入り、意識がもうろうとしてきた。

「参ったな」という後悔の言葉が頭の中をループする。

 

秋にきたときの山道は紅葉も綺麗で足取りも軽かったのに、夏場の山道はさすがに足取りが重かった。

山小屋まで、あと一時間半ぐらいかかる。

遠くに見えてきた「オタケさんの岩」をながめながら、近くにある岩場に腰掛けて休憩した。

残り少ない水でガラガラした喉を潤す。

 

持ってきた1リットルのペットボトル二本はすでに空になっていた

残った簡易ペットの水をゴクリと流しこむが、水をのんでいる感覚がない。

 

昨日、今年は例年にない暑さになるとラジオで話していた。

山に入れば少しは楽になるかと思ったけど、まるで違った。

体から吹き出る汗が噴水とも滝とも表現できないぐらいに流れ、シャツから溢れだして気持ちが悪い。これでは飲んだ水も意味がないように思える。

 

山小屋までの道のりはアップダウンが多く体力を消耗する。

何度も通っているのに、夏場となるとまるで状況がかわるのかと、夏に来たのを少し後悔していた。

 

小屋への道は滑落するような崖はない。だが、熊がよく出没する。

熊にさえ気を付けていれば危険という危険はない安全な道だ。

 

初めて独りで歩いた山みちだった。山の事などさっぱりわからない自分が、なぜ山を登りはじめたのか、今となっては思い出せない。

山登りを始めたきっかけをハルさんに聞かれたが、「なんとなく」とだけ話してあるが本当は理由を思い出せないだけだった。

うまくいけば夕暮れにはハルさんの山小屋に到着できそうだ。ついたら一風呂あがらせてもらおう。今回は久しぶりにビールを担いできた。余計な荷物を減らし、その分酒を詰めてきた。

空いた空間に詰めるだけ詰めるたビール。その重さが半端なかったが、ハルさんとやるいっぱいを想像するだけで気分が良くなり足どりも軽くなっていった。

後もう3つ山を越えれば山小屋につく。傾きかけた太陽を少し仰いで深呼吸した。

、、、
「まさか熊会うなんてついてないな。」ニヤリとハルさんは言う。

さっきまで緊張していたせいか、夏場の暑さを忘れるくらい汗が止まってしまった。気温を忘れるぐらいに緊張していたようた。

あとひとつ山を越えれば小屋に着くと緊張が緩みはじめていた時だ。

何かに見られている感じがジワジワつたわってきた。振り返ることができず、もっていた携帯裏の反射面で後ろを除いてみた。

そこには2つの黒い固りが、じっとこちらを伺っていた。

「熊だ!」熊に遭遇するのは初めてではなかったが、これだけの至近距離は初めてだった。いつも遠くに熊をみることはあったが、飛びかかれる距離は、、、、。

じっと息を殺しつつゆっくり動いた。

身体中の神経が過敏を通り越し、体の血が激流のように流れているのが感じとれた。

「ヤバい。親子連れの熊か」

一番会いたくない。誰から聞いたわけでもないが、直感がそう言っていた。

遠くからカーンカーンと言う、鍋をたたく様な音がしてきた。熊は音に耳をたて、静かに茂みに姿を消した。

姿を消した後も動けずにいた。身体中の感覚がおかしくなり、落ちつくのに2分をようした。

右手をみると、いつ握ったかわからない岩を握っていた。これで戦うつもりだったのか。人間はとっさの状況になると、意識しない動きをするものだ。

しばらく動けずにいると、今度は向かう先はから白いモノがやってきた。

右手にオタマ、左手にお気に入りのフライパンが光っている。夕日を背中にニヤニヤした口もとに真っ白な歯が光っていた。

「ははっ、災難だたね。」

ハルさんは瞬時に状況をさっしたようだった。

ハルさんの状況をさした顔をみて、一気に緊張感から開放され、軽くその場にへたり込んだ。

「まさかだね、普段は山道までは来ないんだけど」

熊がわけいった林の方角をみながら、慰めとも言えない言葉。

しばらく間があって

あたりに笑いがひろがった。

へたり込んだ僕に差し出された手は黒く日焼けし、山に生きる生きたオーラをまとっていた。

握り返しした僕は、ゆっくり立ち上がり久々に会う友人に苦笑いした。
、、、、、、、
僕は会社は辞めた。

15年務めた会社だ。

周りは驚くこともなく、淡々と退職に伴う手続きがすすんでいった。

引き留められることもなく、呆気ない退職だった。何かを目指して入った会社でもなかったので感慨が残ることもなかった。

自分が単なる多数の一つに過ぎず、誰でもいいひとつの存在に過ぎないことを改めて認識した。

よく、企業の歯車として。なんて言う人もいるが、実際は歯車でもなく、プールに浮かんだビーチボールのように、ただ浮いている、あるだけの存在にすぎないのかもしれない。

動力源があり、軸がまわることで周りを動かす歯車とは、いわば必要不可欠なモノとしてのたとえであって、僕の場合は有っても無くてもいい存在なので歯車にはあてはまらないのだ。

歯車であれ、そうでなくても、退職した僕にはもはやどうでもいいことだった。

辞めてすぐ山に登る準備をした。前々から妙に山登りに惹かれていたのだ。だれに勧められた訳でもない。あえて理由があるなら子どもの頃に登った氷ノ山での感動が影響しているのだと思う。思うというぐらいで、それすらハッキリした理由でもないと僕は思っている。

山登りには不向きな季節だ。なんで梅雨が明けるか明けないかの時期に、わざわざ山に登るんだお前は、と自問しつづけている。

さっきから降り始めた雨が、明日も明後日もあめだよ、と言わんばかりにベランダを音を立て騒いでいた。

夜中の11時。僕の住むワンルームの蜂の巣は、働き蜂たちが寝にかえる場所として機能している場所だ。何か、システムに組み込まれたかのような場所で、朝から晩まで誰もが同じ動きをルーチンのように続け、はてるまで終わらないのだ。果てる、それは勿論死ぬまでである。

時計が12時を示した。あすはゆっくり街を出よう。目的のN市の山間までは車で丸一日果てるかかる。T山に登るのは早くて明後日か。

雨脚が強くなり、バタバタ騒がしい。何処から入ってきたのかヤモリが窓にぺたりと張り付きこっちをうかがっていた。
、、、、、、、、、、

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